2004年7月19日発行

6月県議会報告

印旛沼浄化と不耕起水田

県議 大野ひろみ

 議員になって2回目の質問。時間はわずか30分! 今回特に力を入れたのが、「印旛沼浄化と不耕起水田」です。

不耕起移植栽培とは?

 佐原市の岩澤信夫さんが提唱するこの農法は、耕さない田んぼと冬場の水張りが特徴です。固い土に植えられるので、イネ本来の野性の力が甦り、冷害にも負けない強いイネが育ちます。
 また、冬場に湛水することで自然循環を断ち切らず、イトミミズなどによる栄養豊かな土層が発生し、雑草も抑えます。したがって農薬も化学肥料もいらず、環境にとても優しい農法と言えます。
 しかも、生物資源循環で水をゆっくりと浄化する機能があり、滋賀県では、琵琶湖周辺の田んぼを不耕起田にしようという取り組みが始まっています。

印旛沼の水がきれいになる!

 印旛沼周辺の田んぼも印旛沼から水を揚げ、また戻しています。
 沼周辺の7千fの水田が不耕起田になれば、さすがの印旛沼もきれいになるはず。少しずつ取り組みを始めてはどうか、という質問をしましたが、県の姿勢は今ひとつ。
  一番のネックは冬場の水の確保です。農業用水はすべて「水利権」という掟でしばら
れ、農閑期の冬場の水を確保できない現状です。しかし、水を一時は田んぼに入れても、また沼に戻すのだから、長い目で見れば問題はないし、しかもきれいにして戻すのです。水利権という仕組み自体、見直す必要があるのではないでしょうか。

堂本知事も関心

 実は堂本知事も佐原市の不耕起田を視察したというので感想を聞いたところ、「いろいろ難しい問題があると思うが、印旛沼浄化を考えた場合、大変有意義だと思う」との答弁。県当局からも今後調査研究していくとの言質を得、少し手応えあり?と気を取り直しましたが、まだまだ道遠しの感があります。
 まずは実践あるのみ。今年4月から、市民ネットワークが中心になって青菅の5eの田んぼで不耕起の「実験田」を始めました。また、佐倉市や栄町の専業農家でも、取り組みが始まる予定です。

日本不耕起栽培普及会の岩澤さんと、市民ネットワークの市議・県議

その他の主な質問

■特別支援教育

 今の教育にあてはまらない子どもに、LD、ADHD、高機能自閉症などとレッテルを貼り、しかも薬物治療を組み込んでいる点が大変問題、と迫りましたが、教育長は「一人ひとりのニーズに応じた支援です」と紋切り型の答弁。しかし、今より人も増やさずお金もつけず、どうしてきめ細かい教育が可能なの?
 また、県内の学校に配られた冊子から、薬物治療の箇所を削除するよう求めましたが、答えはNO。

■佐倉市の老健施設「敦敦」の不正請求

 事件の背景に、県が市への情報提供を怠っていた点があると指摘。県は今後市と連携し、このようなことが起きないよう努めると答弁。

LD、ADHD  学習障害注意欠陥多動性症候群。 医学的根拠はない。


6月市議会報告

酒々井町との合併は必要ですか?

市議 宮部恵子

市民不在で始まった市町村合併問題

 昨年秋の市民意識調査で、約56%の人が「合併の必要性がない」と回答しています。市長も議会で「合併は市民の意向が何より大事。目の前のお金に飛びついて行うものでない」と答弁してきました。しかし、「4月9日に酒々井町長から合併の申し入れがあり、市長は積極的に取り組む姿勢を示した」との突然の新聞報道。非公式の話し合いは何度もあったようですが、これでは市民不在で、両首長が独走した進め方です。

市議会は独自の調査研究をすべき

 4月26日に酒々井町長から正式な申し入れがあり、市長は議長に合併検討会設置を要請。構成員は両市町の首長、助役、正・副議長の計8人です。
 議長は。6月議会終了直後に
全員協議会(非公式の会議)を開いて、合併検討会の設置について意見を求めました。しかし、意見がまとまらないにもかかわらず、議長の意向を尊重したいという一議員の発言で、急な採決が行われ、賛成多数で検討会の設置を原案のまま受け入れることになってしまいました。
 合併を進めるための法定合併協議会の設置には、議会の議決が必要です。その議案を作る今回の合併検討会に正・副議長が入ることは、議会本来の役割であるチェック機能を果たせず、問題です。議会は独自に合併についての調査研究をするのが本来の姿です。

合併の真の目的は何

 市長は合併の目的を両市町が共有する課題の解決としていますが、合併しなければ解決しない問題は見当たりません。借金を生むことになる*合併特例債で、公共工事を増やしたいのでしょうか。

市民の意思確認は住民投票で

 酒々井町との合併については、市長は住民投票はおろか、アンケートさえする考えはありません。「市民が主役」「市民との協働」を謳っている佐倉市はどこに行ったのでしょうか。このままでは市民を無視した合併への動きが進んでしまいます。合併検討会の傍聴や市長への手紙などで、もっと声を出していきましょう。

 *合併特例債   合併特例法期限の05年3月まで に法定協議会を設置、06年3月ま でに合併をすれば、借金で事業を 行い、借金返済には地方交付税を 充ててよいとするもの。1/3は 借金として残る。使える事業はハ コモノに限られる。  

★第2回合併検討会は7月23 日予定。詳しくは、市役所ま でお問い合わせください。


どうなる介護保険

市議 道端そのえ

問題が浮き彫りに

 介護保険は、2000年の発足時から比べると、サービスの量も増え、国レベルで見ると、利用者は3年でほぼ倍増しています。それに伴う給付額もうなぎ登りとなり、市町村など保険者の赤字団体は170団体にのぼっており、財政見通しの甘さが浮き彫りになりましたが、介護の社会化をめざしたこの制度は確実に広まっています。しかし、どうしたら制度を長期的に維持できるか、制度の不備、見直すべき点も多く指摘されています。

利用者の視点で見直しを

  現在、国での見直しの議論では、新たに20歳から39歳までを保険料徴収対象に加えること、また、昨年4月に始まった身体・知的障がい者の支援費制度と介護保険を統合するか否か、要支援・要介護1の認定を介護保険制度から外すことなどが検討されています。給付対象も高齢者から障がい者や難病患者、末期がん患者などに広げることも議論されています。
  佐倉市でも、これらの問題に対し、当事者や介護の現場で活動する事業者、市民団体などから、さまざまな見直しの提案がされています。例えば、判断能力が衰えてもサービスの選択ができる権利擁護のしくみを使いやすいものに。利用者の側に立った、自立支援のケアプランがきちんとできるようなケアマネジメントの確立。「施設」から「在宅」に向けた政策をすすめること。地域による助け合いのしくみづくりの支援、などがあげられています。
 7月末に国の審議会の答申が出されたあと、市としての見直しの形が見えてきます。誰もが利用者になり得るこの制度の今後が、利用者の視点に立ったものになっているかどうか、その内容に注目しています。
 今回の見直しでは、介護予防事業に力を入れていくようですが、利用者が積極的に参加できる介護予防サービスとして、多様なメニューを検討してほしいと思います。


学校運営に子どもの声を

市議 入江あき子

学校が安心と信頼と魅力のある学びの場となることは誰もが願うことですが、今、子どもたちはどのような環境におかれているのでしょうか。

誰のための学校?

 忙しくてゆとりがない」
「先生に自分たちの意見を聞いてほしい」
 5月5日に開かれた「千葉県子どもタウンミーティング」では、子どもたちのさまざまな思いが発信されました。続いて「千葉の子どもの人権についての提案」も発表されました。この提案は県内の子どもや教職員、児童福祉ワーカー、弁護士などが子ども集会などを開いて声を集め、また、子ども対象に行った人権意識調査の結果を踏まえて3年がかりでつくりあげられたものです。日本は1994年に「子どもの権利条約」を批准しましたが、「学校教育において子どもの人権という視点が欠けており、改善するように」と国連から勧告されています。そのことを改めて痛感した集まりでした。

学校教育推進会議とは

 「子どもの権利」の視点に立った学校運営に努めているのが川崎市です。2000年に子どもの権利条例を制定し、おとなとともに社会を構成するパートナーとして、子どもの意見表明や社会参加がきちんと保障されるしくみを作りました。
市内全校で、子どもが中心となり、教職員、保護者、地域住民の四者がともに学校運営について話し合う学校教育推進会議が開かれています。子どもたちが主体的に関わることで、学校現場が活性化していると報告されています。

子どもや先生の声をきいて!

 今春開校の白銀小では、地域住民も加わって学校運営を話し合う学校運営委員会が立ち上がりました。
 「地域立」の学校づくりをめざすためとのことですが、運営委員に子どもは入っていません。学校の主役は言うまでもなく子どもたちです。議会で、川崎市のような子ども参画の学校運営を提案しました。
 また、教育行政に対し、学校長の意見だけを聞いてこと足れりとするのではなく、子どもや教職員など当事者の声をきちんと聞き、反映させるしくみ作りを強く求めました。明確な答弁はありませんでしたが、今後の前向きな取り組みを期待します。

白銀小学校。右側が開放スペース。

小さな声を議会に届けたい

市議 工藤啓子

 

皆さんは子どもに「民主主義って何?」と聞かれたらどう答えますか? 多くの方は「多数決かなぁ」とおっしゃるかもしれません。  多数意見で決定されることも民主主義のルールの一つですが、私は一番大切なことは、多数の中に取り入れられなかった少数者の意見をどのように反映させていくのかということだと思っています。

弱い者いじめの増税は許せない

 地方税の改正に伴って、佐倉市も税金のかけ方を一部変えるという内容の条例改正案が提案されました。具体的には「老年者控除の廃止(国50万円 地方48万円の控除廃止)」「個人住民税の均等率の引き上げ(2500円から3000円へ)」「同一生計の妻に対する非課税措置の廃止(年収96万5千円以上のパートの主婦も課税対象)」などで、低所得者や高齢者にますます税負担が増すという内容でした。
 国の三位一体の改革が進まない中で、地方への財源カットばかりが先行しています。財政が苦しくなった自治体が窮状を申し出ると「合併して地方財政を立て直せ」という無責任な国の姿勢。その上、今回の地方税法の改正です。これは地方への税源移譲の一つとされながら、結局は弱い立場の人から広く浅く税を徴収するという増税の内容に他なりません。

少数者の意見を議会で発言するために

議会

 この条例に反対したのは市民ネットワークの他、少数者だけ。そこで今回初めて「少数意見の留保」〈佐倉市議会会議規則第97条〉という方法をとり、「条例の改正」に反対しました。多数決の中で埋もれていく少数意見を、本議会の最終日に発言できる方法です。

 日本の財政が700兆円という借金を抱えているのは、まじめにこつこつ働く労働者のせいでは決してありません。財政運営の失敗のしわ寄せを弱い者へ押しつける法改正、それに伴う条例改正に、少数者の怒りの声として反対しました。

     ◇◇

日本の議会政治は民主主義からほど遠く、「良きに計らえ」の多数派が実権を握る世界です。数の上では多数派の保守系議員にかないません。でも、決定を左右するのは難しくても、弱い立場の小さな声を届けるために「少数意見を尊重せよ」と訴えていきます。


住民監査請求にご参加ください

八ッ場ダム建設をストップさせよう!!

利根川の上流・群馬県に建設予定の八ッ場ダム。本体工事は始まっていませんが、完成すれば、佐倉の水道水の割合が変わり、(現在、地下水65%、利根川の表流水35%の割合が逆転)、高くてまずくなります。

この八ッ場ダム事業は

  1. 将来の人口減によって水需要は 増えず、利水面の必要性はなく なっている
  2. 利根川の洪水対策として役に立 たず、治水面の必要性もない
  3. 地質が脆弱なので、災害を誘発 する危険性が高い
  4. 水質悪化の要因になる
  5. 千葉県民の総負担額は約760 億円にもなり、水道料金も撥ね 上がると予想される

などなど、検証すればするほど目を疑いたくなるような計画です

 このように有害無益な八ツ場ダム建設を中止させる最も有効な手段は、関係都県が八ッ場ダムへの不参加を表明することです。
 このダム事業を県民の力で中止させるため、私たちは千葉県に対する住民監査請求を行うことにしました。この住民監査請求の請求人に、ぜひご参加ください。住民監査請求が棄却または却下された場合は、次の手段として住民訴訟を行い、法廷の場で八ッ場ダム計画の是非を争っていく予定です。その際、膨大な訴訟資料の作成やコピー等に費用がかかります。
 ご賛同くださる場合、「支援する会」の会員として、年間一口1000円以上のカンパをいただければ幸いです。詳しくは右記までお問い合わせください。

● 今後のスケジュール ●
9月10日(金)
1都5県同時監査請求提出
9月12日(日)
 八ッ場ダムストップ大集会
(新宿住友ホール 13:30〜)
・1都5県からの報告
・長野県田中知事の講演
   「脱ダム社会への道」
5/9 学習会で佐倉市の現状を説明

「八ッ場ダムをストップさせる千葉の会」
代表世話人 中村春子   486-1363


世界とつながる写真展

ひしの実下村小夜子(ユーカリ)

 さくら・市民ネットワークのフリースペース「ほっとねっと」で、5月8日から二つの写真展が開かれました。
 一つ目は「ナマステ(こんにちは)ネパール展」。日本の支援グループの活動で、村に小さな学校が建ちました。子どもたちの笑顔、笑顔。「天使たちへ」という手紙とともに、毎年カンパを送っている方に感激。
 二つ目は「イラク写真展」。日本人ジャーナリスト森瀧春子さんの写真から、劣化ウラン弾の被害や虐殺の現場など。ベッドの上で絶望の日々を送る子どもたち。一人ひとりの瞳が胸に迫ってきます。マスコミの報道ばかりが真実ではない、と警鐘を鳴らしています。
 決して楽しい写真ではないけれど、気がつけば署名とカンパがいっぱい。「見た人たち、私と一緒の気持ちなんだ!」と思いました。
 つい諦めてしまいそうな世界の問題に、日本も関わっていることを知らせ、遠い国の人々と私たちをつなぐ。こういう写真展の役割の大きさを、改めて実感した3週間でした。

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